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■ 探索会・西荻篇告知
2008.01.12 Saturday 19:08
<善福寺川の支流を探索する会・西荻篇>


 あけましておめでとうございます。
 日程などについて特に御意見もないようですので、
 下記の通りで一応確定とさせていただきます。
 クソ寒い折ですが、ご参加いただければ幸いです。


日時:1/27(日)13:00集合


1/26追記
今日の昼時点の天気予報によると、明日は晴れで、ここ数日の風も収まる
ものの、最高気温は7度と相当寒い日のようです。私個人としては、まあ別
に行ってもいいのですが、この寒さの中での暗渠めぐりは、のどかなお散歩
というより、ややハードな労働の類になるかもしれません。多少寒くてもか
まわないということなら明日開催、もう少し寒さが和らいでからの方がいい
ということであれば延期ということにしたいので、コメント欄にて御意見を
お寄せくださいませ。



※ 1/27追記
「寒いからイヤ」みたいな声は特に出ませんでしたので、このまま
予定通り開催いたします。


集合場所:善福寺川の本村橋(南荻窪3-31)
→JR中央線と善福寺川がクロスする地点の線路南側にかかっている橋
Mapion


探索予定:第四回オフ案のとおりです。




おまけ(参考資料):


■地図(区画整理前)


上荻久保村全図(梅田芳明「武州多摩郡上荻久保村風景変遷誌」所収)
大正初期之八丁通り附近略図(矢嶋又次「荻窪の今昔と商店街の変遷」所収)
上荻窪地図(小俣秀雄「私稿 上荻窪村風土記」所収)


■地図(区画整理後)


井荻町土地区画整理事業組合「事業誌」の工区地図
之潮・編「帝都地形図」 17-7 上荻窪


※土地区画整理事業組合の事業誌の地図に載っている水路と、杉並区道路地図
(平成14年)の水路跡とを比較してみると、細部に至るまで完全に一致しています。





■「おぎ緑地(西荻北1-12-11)」の南にあった池


私達も昭和の初め頃まで、毎日のように川に魚を穫りに行った。今の西荻北一丁目の
中央辺に、「中田の池」という広さ二、三百坪位の池があって浮き釣りで、鯉や鮒、
オトゲ、いもりなどをずいぶん釣ったものだ。(中略)善福寺川が改修された後も、あの
池のあった附近には湧き水が小さな流れとなって善福寺川へそそいでいた。その
小さな流れでザルですくってトゲ魚を穫ったことを記憶している。
(小俣秀雄「私稿 上荻窪村風土記」)



西荻北児童館の北には川に流れ込む小さな池があり、凧あげの頃には、うなり用に
使うまっ直ぐな葦をよく取りに行ったものです。
(志村芳男「よもやまばなし7(西荻区民センター広報紙「なかま」第93号)」)




※杉並区立郷土博物館年報の「杉並の湧水と川」には、西荻区民センター報を典拠と
して西荻北保育園付近(西荻北2-27)に池があったと記されていますが、この出典は
上に挙げた志村さんの「よもやまばなし7」のようです。地形的にも西荻北保育園付近
に池があったとは考えづらく、西荻北保育園は恐らく西荻北児童館の誤りでしょう。






■氷り場


明治三十年頃は、冬季中に善福寺川の水を穴(=穴稲荷のあった横穴)の近くの
水田で凍らせて、天然氷を作り、この穴に貯蔵して夏場に東京へ出荷しました。
(中略)が、気候が年々暖くなり厚い氷ができず、ついに明治四十年頃製氷場は
閉鎖されました。
(森泰樹「杉並風土記 上巻」)



はんのきばら 榛の木原 本村橋上流川の南側
大正の終わりころまで呼んだ。川沿いの低地で榛の木が生えていたのであろう。
ここで冬に天然氷を製造していた。
(杉並区教育委員会「杉並の通称地名」)



(出山地区は)区劃整理が行はれてよりは急速に発展し、(中略)昔の面影を
僅かに残す所は、現在の城山と、昔、冬、氷をとった為、俗に「氷り場」と稱する
沼の附近と農家が一家ある丈である。
(梅田芳明「武州多摩郡上荻久保村風景変遷誌」)



※氷り場は、おぎ緑地南の池と近い位置にあったようで、あるいは同じ場所かも。




■城山の七ツ井戸


城山に北から南へ一直線に七つの井戸がありました。土地の人は城山の七つ井戸
といって恐れられていましたが、区画整理の際に全部埋められ、いまは伝承のみが
残っています。江戸時代に、善福寺川の水車を動かすのに、落差をつけるため、蛇行
する川から城山の下を一直線にトンネルを掘って水路を作りました。井戸はこの水路
に沈殿する泥土を取り出す掃除口(マンホール)だったのです。
(森泰樹「杉並風土記 上巻」)



(城山の)北面は崖にして蔓草繁茂し、その下を善福寺川の深みが無気味に流れ
此處に堰があり、ここから直経六尺余の墟坑が城山の底を潜って、これに俗稱
城山の七ッ井戸と呼ばれる気味の悪い七ッの井戸が南に一列に並び續き、水の
流れが此等の井戸の底を通っておったのに及んでは、當時人々の近づく事を
恐れたものである。
(梅田芳明「武州多摩郡上荻久保村風景変遷誌」)



さきほど話した城山に”七つ井戸”というのがありました。西荻北一丁目十五番
くらいの所で、狭い道の両側から雑草が被いかぶさり、林の木が薄暗いくらいに
茂った道の傍に、深い井戸が、私の知っている頃は三つくらいありました。この
井戸には白い蛇がいるといわれていたので、昼間でも子供は恐ろしがって
近寄らなかったものでした。
(小俣秀雄「私稿 上荻窪村風土記」)





■松庵川源流部についての証言


はけ水路で、武蔵野市吉祥寺東町四丁目より流れ出て、区境で中央線の下を
土管で流れ線路沿いに走り、曲折して流れ下りました。現在、武蔵野市に
於いては吉祥寺東町4−18−9にポンプ場を設けて処理しています。
(井口昭治「仮称松庵川について(杉並郷土史会々報 第131号)」)



※杉並区道路地図の水路跡も、この記述と整合的な経路になっています。
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Comment
2008/01/15 2:16 PM posted by: 馬橋の狐
本年もよろしくお願いします。
「おまけ」、とても参考になりました。
2008/01/26 3:21 PM posted by: 馬橋の狐
追記読みました。
個人的には、歩き回るには暑さよりも寒さのほうがマシと思っていますので、この程度なら参加希望です。

日没後はさっさと暖かい屋内に移動するという前提で…
2008/01/26 10:36 PM posted by: 廃棄物
明日は絶好の探索日和・・・寒そうだけど
初参加となりますがどうか仲間に入れてやってください。
2008/01/27 9:00 AM posted by: 阿佐谷ゼニスパイプ
最高気温も1度上方修正されて8度になり
ましたし、まあ冬なんてのはもともと
寒いもんだということで、予定通り行く
ことにしましょう。

廃棄物さんどうもよろしく。本村橋の
たもとで地図のような資料のようなものを
持ってたむろしている連中がいたら声を
かけてやってください。
2008/01/27 8:32 PM posted by: 阿佐谷ゼニスパイプ
本日は厳寒の中ご参加いただきありがとうございます。それにしても
毎回1つくらいは地図にも載っていないような意表を突く水路跡が
見つかるものですね。
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